有識者会議の結論

有識者会議の結論

 

昨日は皇位継承に関する有識者会議をまとめる記事が各社から出されました。

「皇位継承順位維持、変えず」がタイトルになっていますが、女性宮家も旧宮家の男系男子復帰も両方とも今後考えていくと言う意味で、女性宮家が完全に消えたわけではないようです。

新しいのは今までは旧宮家の男系男子の皇籍復帰が入っていなかったのが今回は入ったと言うところ。

「男系継承を正式な議題として取り上げることを決断した」これが戦後初めてのことで画期的なのだというのです。

その事実に驚いてしまいましたが、悠仁さままでの皇位継承は維持されることが改めて確認できたことになったようです。

 

皇位継承順位変更せず 今後 皇族数確保へ検討 FNNプライムライン

6/17(木)
https://news.yahoo.co.jp/articles/a9e680c4d6a87e87dacc1e7c661878a08810540c

安定的な皇位継承について議論する政府の有識者会議は、16日、現在の皇位継承順位を変えないことを前提に議論を進める方針を確認した。

有識者会議は、専門家など21人から、女性天皇や女系天皇の是非なども含め、ヒアリングしてきた。

座長を務める慶応義塾の清家篤元塾長は、16日の会合のあと、「ヒアリングでは、現在定められている皇位継承順位のもとでの皇位継承の流れをゆるがせにできないと考えている方がほとんどで、会議としても再確認した」と説明した。

有識者会議は、現在の皇位継承順位を前提に、今後、皇族の数の減少の対策について、女性宮家の創設や旧宮家の人々の皇籍復帰なども含めて、検討していく方針

 

女性・女系天皇見送り 現在の皇位継承順位維持 共同通信

6/16(水)
https://news.yahoo.co.jp/articles/e4bb4349671a61b721637c75703e38d95ea2e59d

安定的な皇位継承策を議論する有識者会議(座長・清家篤元慶応義塾長)は16日の第7回会合で、皇位継承資格を男系男子に限定する皇室典範の規定を尊重し、現在の皇位継承順位を維持する方針を確認した。これに伴い、女性・女系への資格拡大は見送る。皇族数確保のため、女性皇族が結婚後も皇室に残る「女性宮家」の創設と、旧宮家(旧皇族)の男系男子子孫による皇籍取得の是非の2案を軸に今後の議論を進める
継承順位の維持は、清家氏が会合後に記者団に明らかにした。現順位を見直せば皇室制度が動揺しかねないため、混乱を回避すべきだと判断した。

 

 皇位継承、伝統を踏まえた「男系継承」を 第2次安倍政権でもできなかった菅政権の決断、支持する世論を大いに盛り上げたい 夕刊フジ

6/16(水)
https://news.yahoo.co.jp/articles/db3563f9c81f3b59e84a617344ac110fed3f4d87

〜〜略〜〜

3月23日に初会合を開き、6月7日に終了したヒアリングでは10項目について専門家らの意見を聞いた。

注目すべきは、「皇統に属する男系の男子を皇族とすることについてはどのように考えるか」についても聞いていることだ。政府が公式に「皇統に属する男系男子を皇族とすること」を議題に取り上げたのは戦後初めてのことなのだ。

小泉純一郎政権のときも「皇位の安定的継承」について議論された。そして、2005年に出された報告書では、皇位継承権を女子皇族にも認める、いわゆる女系継承しか明記されなかった。

だが、「男系継承が皇室の伝統」であることと、民間男性が皇族に入ることになることから女系継承に対して反対が相次いだ。そして戦後、皇籍離脱を余儀なくされた11宮家の元皇族の男系男子孫を皇族になっていただく対案(=いわゆる男系継承)が出されたが、政府は正式な検討を避けてきた。

ところが今回、菅政権は「男系継承が古来例外なく維持されてきたことの重みなどを踏まえ」(加藤勝信官房長官)、男系継承を正式な議題として取り上げることを決断した。これは第2次安倍晋三政権でもできなかったことだ。

ヒアリングの結果は報告書としてまとめられ、この秋にも国会に提出される予定だ。その報告書には、「男系継承」も掲載される見通しだ。皇室の長い歴史と伝統を尊重しようと思うならば、「男系継承」を支持する世論を大いに盛り上げたいものだ。 =おわり

 

女性宮家案は上皇陛下の希望から始まった

女性宮家創設は上皇・上皇后(当時は天皇・皇后両陛下)のご希望であった、このことはずいぶん前から最初はなんとなく匂わせるような報道が、2017年の小室さん登場の頃にははっきりとそう書く週刊誌が出てきていました。

2017年6月1日号 週刊新潮
眞子さまご婚約の裏で…「陛下はご不満」「安倍官邸は怒髪天」対立の構図 (デイリー新潮)
「陛下はかねてより、『皇室の安定的な存続』や『象徴天皇のあり方』に頭を悩まされてきました。したがって、女性宮家創設や生前退位について前向きに検討してもらうよう折に触れて官邸へ“ボール”を投げて来たのですが、安倍政権はそれを喫緊の課題と受け止めることはありませんでした。

 

2017年6月8日号 女性セブン
「婚約報道から3日後に閣議決定された特例法案は陛下に限って退位を認めるもので、女性宮家についての記述はない。だが、これは安定的な皇室の継続を願われている両陛下のお気持ちには沿っていません。法案成立前に、一石が投じられる必要があったわけです」(前出・皇室記者)
「女性宮家を認めてしまえば、将来女系天皇が誕生する可能性が高い」
撤回の理由を、安部首相はそう説明した。
両陛下の落胆ぶりは、凄まじいものだったと言います。以降、安部首相は頑なにこの議論にフタをしようとしている。今国会でもさっさと特例法を成立させて、幕引きしようとする意図が見えます」(前出・政治ジャーナリスト)

昨日のデイリー新潮ネット配信の記事でも再びそのことがはっきり書かれていました。

「女性宮家」発案の上皇陛下、議論に消極的に? 小室圭さんの存在が「防波堤」か

6/16(水)
https://news.yahoo.co.jp/articles/cdc658b1c17a032fb5a68622e31722735e4d3105

皇室を構成する皇族方の減少は、長年の課題として横たわったままである。そんな状況下、12年にはご公務の担い手を確保すべく、野田政権下で「女性宮家」創設案が打ち出される。もっともこれは、上皇さまの強いご意思を出発点として進められてきたのだった。

「その範囲として上皇さまは、昭和天皇の系統に連なる愛子さま、眞子さま、佳子さまの内親王お三方に限定されました。また、そうしたコンセンサスも皇室の内部で得られていたのです」

とは、さる宮内庁関係者。ところが、

「皇族方の減少や高齢化という不可避の現実を前に、女性宮家の議論が現実味を帯びつつある中、上皇さまの御心に最近、少なからず“変化”が窺えるのです

そう明かすのだ。上皇さまは“国民とともに歩む皇室”を築き上げるべくひたすら心を砕かれ、ご公務を通じた国民との触れ合いを大切になさってきた。女性宮家創設もまた、こうしたお考えに根差しているわけだが、

女性宮家に関する議論がなされる時、しばしば旧宮家男子の皇族復帰がセットで語られることが多くなりました。もともとそうしたお考えを持ち合わせておられない上皇さまは、議論があらぬ方向へと進んでいくことを懸念されています。最近ではご自身の発案だったにもかかわらず、女性宮家創設に関しては『議論はまだ続くのでしょうか』と、消極的な姿勢でいらっしゃるのです」(同)

というのだ。当時、上皇さまの意を汲んだ羽毛田信吾・宮内庁長官が積極的に野田政権に働きかけたわけだが、そのお気持ちにピリオドを打たれたのだとすれば驚くほかない。

「議論はまだ続くのでしょうか」のお言葉が「女性宮家創設に消極的になられた」にどうつながるのか、この記事ではよくわかりません。

いつまで議論を続けるのかは、いつになったら女性宮家は創設されるのかと言う催促のようにも聞こえるし、

または、女性宮家創設をしようとしているのに、旧宮家の男系男子の皇族復帰の議論になっている、その議論はいつまで続くのかーという苛立ちとも聞き取れる。

この上皇陛下のお言葉は最近聞こえてきたものだと思うのですが、小室さんの問題がこれだけ大きくなっている中でも小室さんを準皇族に押し上げる女性宮家に賛成なのでしょうか。

また、このご結婚について反対する様子やお言葉はなかったのでしょうか。

記事では、曽根香奈子・日本青年会議所監事の「女系天皇と言われるものが誕生すれば新たな王朝を開くこととなり、日本の歴史が終わる」といった反対意見や女性宮家ができて眞子さまが当主になられれば、「圭殿下」が誕生すること、眞子さまと小室さんの間にお子様が生まれた場合、その子供が将来天皇になる可能性について指摘した麗澤大学の八木秀次教授の言葉も紹介されている。

小室さんの存在が女性宮家創設を堰き止める防波堤になっていると書かれている。

女性宮家議論のはじまりと経緯

女系天皇につながる女性宮家、女性天皇の話はいつから出てきていたのでしょうか。

夕刊フジの記事では2012年の民主党野田政権下において、羽毛田長官が野田元総理に働きかけていたと書かれていますが、その前の小泉政権下、まだ悠仁さまが生まれる前からこの議論は始まっています。

そしてなぜか、そのたびに不思議な力で女性宮家は阻止されています。

2003年 6月9日 皇太子さま、結婚10周年の宮内記者会に寄せた文書の中で、
「今しばらくは愛子の子育てを大切にしていきたい。(2人目の子供については)1人目に至るまでにあったような内外からのプレッシャーをぜひとも避けたい」と心情を明かした。

2003年6月10日 湯浅長官「皇太子ご夫妻に二人目を期待」
湯浅宮内庁長官、10日の定例記者会見で、皇太子ご夫妻の第2子への期待について
「やはりもう一人ほしい」「多くの国民もそう考えているのではないか」と述べた。

2003年12月11日 湯浅利夫宮内庁長官 「秋篠宮家に第三子を強く希望」
「皇室の繁栄を考えた場合、秋篠宮さまのお考えはあると思うが、3人目のお子さまを強く希望したい。多くの国民は歓迎してくれるのではないか」と発言

2003年12月12日 「雅子さまの長期療養が発表される」
当時、すでに体調不良を理由に公務を休みがちだった雅子さまが、長官の発言の翌日に、改めて長期療養を発表される。

2004年12月 「皇族の減少から、皇室典範に関する有識者会議を開くことが決定」
小泉政権時、男性皇族が40年誕生していない、若い男性皇族が不足し、皇位継承に支障を来たす恐れがあることから皇室典範に関する有識者会議が開かれることになる。

湯浅長官が第三子を秋篠宮家に要請したばかりなのですから、もう少し待てばいいのに、その月のうちに皇室典範改正に向けた会議の召集が始まります。

🔴1回目の危機!
2005年 皇室有識者会議、1月から17回会議を開き、2005年11月24日には最終報告書ができあがる。
「皇位継承について女性天皇・女系天皇の容認、長子優先を柱とした報告書を提出」

これに賛成したのは朝日、毎日、読売新聞
懸念と書いたのは、産経新聞
明確に反対したのは、寛仁親王(しかし、当時宮内庁長官だった羽毛田氏は、寛仁親王へ発言の自粛を要請した)

この時のことを櫻井よしこさんは2005年12月3日のブログで、このように書いている。

「 女系天皇容認案の矛盾と危険 日本文明無視の一方的結論とその手法は、第二のGHQだ 」
GHQでさえ手をつけることを憚った天皇制の本質に、10人(皇室会議のメンバー)の“賢者”は手をつけたことになる。天皇制を天皇制ならしめてきた血筋の純粋性に踏み込み、異質のものに変えようという今回の結論を導き出した人びとは、吉川座長が「私たちは歴史観や国家観で案を作ったのではない」と述べたように、日本の歴史も文明も振り返ることなく、また、それらへの愛情も理解も反映させることなく、日本文明の核である天皇制のあり方に手を入れたことになる。
その意味で有識者会議は、日本文明をばっさり切り捨てて現行憲法を押し付けた、あのGHQと同じである。
〜略〜
男系天皇制維持に、先人たちは工夫を重ねた。私たちは歴史に学び、有識者会議の結論を白紙に戻し、より深く天皇制を論じるべきだ。第二のGHQによる日本変革を許してはならない。
https://yoshiko-sakurai.jp/2005/12/03/444

🔴1回目の危機を回避!

2006年2月10日 紀子さまが懐妊
与党内で慎重論が強まり、皇室典範改正(長子継承、女性、女系天皇容認)法案の提出を先送りになる。

2006年9月6日 悠仁さま誕生
法案提出は完全になくなる。

2006年9月半ば 美智子さま「やはり皇太子に皇統を継がせたい」(週刊新潮)
悠仁さま誕生直後、『「やはり、皇太子に皇統を継がせたい」と漏らされた美智子皇后のご心痛』の見出し。

内容を確認していないのですが、日本国中が悠仁さま誕生を喜んだ直後に、このタイトルはなかなかのインパクトです。

<陛下の元侍従長からの女性宮家を希望する発言(週刊朝日)>
平成8年(1996)年から平成19(2007)年まで陛下の侍従長をされていた渡辺充氏という方が、2011年12月15日週刊朝日で次のように話していることが記事になっています。

私は、女性皇族に結婚後も皇族として残っていただき、悠仁さまを支えていただくようにする必要があると考えています。
 岩井:そうなると、「なし崩しで女性・女系を認めるのか」と反発する人も出てきそうです。
 渡辺:いえ、皇位継承の問題は、次の世代に委ねることにして手をつけず、当面の措置だけをとるという考えです。
 岩井:長年、陛下にお仕えした前侍従長の渡辺さんがおっしゃるということは、陛下もそうしたお気持ちということなのでしょうか。
 渡辺:これは、あくまでも私の個人的な考えです。
https://dot.asahi.com/wa/2012092600476.html

今では女性宮家は両陛下の願いだということは週刊誌でもはっきり書かれ、宮内庁の方も隠すつもりもないようです。
この記事で、すでに2011年ごろから、元侍従長が一生懸命両陛下の願いを周囲に話していたことがわかります。

ところでなぜ、湯浅長官は、皇太子さまに第2子を、秋篠宮家に第3子を望むと、わざわざマスコミの前で訴えたのでしょうか。
世論を味方につけなければいけないような状態だったのではないでしょうか。
一部には、紀子さまは美智子さまから雅子さまに配慮して出産を控えるように言われていたという噂もあります。
美智子さまに忠実な秋篠宮家がこれに逆らうわけはないので、世論の後押しが必要だったのか、とも想像できそうです。

🔴2回目の危機、「女性宮家創設 火急の案件」
2回目の危機は2011年民主党野田政権下で。

2011年 10月5日 羽毛田信吾宮内庁長官が(野田)首相を訪ね、女性宮家創設を「火急の案件」として、再び要請。

2012年1月6日 「女性宮家」検討本格化へ参与 園部元最高裁判事を起用

2012年3月1日 「女性宮家」有識者ヒアリング始まる。

この時の「皇室制度に関する有識者ヒアリング」に出席された櫻井よしこさんのブログを読むと、かなり危険度が高かったことがわかります。

「 官邸でヒアリング『女性宮家』への私の問題意識 」 | 櫻井よしこ オフィシャルサイト

1回目と2回目のヒアリングで意見を述べた4氏が全て女性宮家賛成派で、3回目の私と日大法学部教授の百地章氏が初めての反対意見、次の4回目のヒアリングではまたもや女系天皇推進派の笠原英彦慶応大学教授らが意見陳述する。
加えて野田政権のこの問題への取り組みは、女系天皇と女性宮家を提言した小泉政権時の有識者会議の報告書を前提にすることになっている。さらに、女系天皇論の中心人物であり右の報告書をまとめた園部逸夫元最高裁判事は今回、内閣官房参与としてヒアリングを主催する側である。

2012年5月21日 官邸で政府の5回目の有識者ヒアリング

2012年 6月 眞子さま、ICU内で行われた留学説明会で小室さんと出会う(婚約内定会見での説明)

2012年8月 眞子さま小室さん両家に紹介、親公認のお付き合いに。

2012年 9月 眞子様、エディンバラ大学留学

🔴2回目の危機、回避の予兆

2012年9月26日 自民総裁選 安倍氏 決選で石破氏を逆転

安倍さんは女性宮家、女系天皇断固反対の立場。
この時、石破さんが選ばれていれば、政権交代が起こっても、野田さんの女性宮家法案がそのまま通っていた可能性が高かった。
1回目の投票で2位だった安倍晋三元首相が石破茂前政調会長を破って勝利した。2位候補の逆転は56年ぶりで、安倍氏は2007年以来、5年ぶり2度目の就任となる。
https://www.nikkei.com/article/DGXNASFK2601D_W2A920C1000000/

・女性宮家、野田総理、論点整理発表
2012年 10月5日  野田内閣、女性宮家、内親王に限定 2案併記、論点整理を発表
自民党総裁が安倍さんに変わってもまだ与党は民主党。
野田さんは着々と女性宮家法案をまとめていた。

この時の女性宮家法案について2012年、櫻井よしこさんは、以下のように書いています。

「 野田政権、女性宮家問題で暴走の予兆 」 | 櫻井よしこ オフィシャルサイト

野田政権の女性宮家問題の議論を振りかえれば、この政権には皇室典範改正を担う資格がないことを痛感する。野田政権の設定した議論の大前提は、女性宮家問題を皇位継承問題と切り離すということだった。だが、両者は切り離せない。女性宮家創設は必ず、女系天皇輩出につながり、男系天皇の長い伝統を断ち切る結果になるだろう。そのことに目をつぶる議論自体がおかしく、その議論に乗る首相は男系天皇の伝統を守る気がないと言われても仕方がないだろう。
そのうえ今回の論点捏造である。結論ありきの議論を容認する野田首相にこれ以上、皇室典範改正問題を任すわけにはいかない。国政も任すことは出来ない。
野田首相に望みたい。せめて、12人の陳述意見を正しく反映させた論点整理を指示すること、それ以上のことには一切、手を触れず、一日も早く退陣することである。

<党首討論>2012年11月14日 民主党野田総理vs安倍自民党総裁 <解散の約束>

党首討論で、野田総理「16日に解散します。やりましょう」と解散総選挙が決まる!。
2016年11月16日解散へ。
この時、解散せずに粘ることもできたのですが、野田総理は「やりましょう」と解散に打って出ます。

🔴2回目の危機回避!

<自民圧勝・政権交代>
2012年 12月26日 自民党・安倍内閣へ、政権交代で女性宮家創設議論は立ち消え
自民党は294議席獲得し、民主党から自民党へ政権交代。
野田政権でまとめられていた女性宮家案は全て白紙に戻された。

🔴3度目の危機

<2017年、眞子さま婚約準備中報道で、陛下の退位特例法に女性宮家創設検討が入る>

2016年8月8日  天皇陛下(現・上皇陛下)“お気持ち”表明 「生前退位」にじませる
2017年4月21日 「退位」有識者会議が最終報告 首相に提出
2017年4月26日 衆参議長ら「退位」法案骨子を与野党に提示
2017年5月10日 陛下の“退位”特例法案の要綱 政府が示す
これらの草案には、女性宮家の文言は一切なかった。
2017年5月16日 NHKが眞子さまが婚約準備中、お相手は小室圭さんと速報。
2017年5月17日  小室さん勤務先で単独会見。
同日、蓮舫、野田元総理が皇族の減少に対処するため女性宮家創設を特例法に入れろと会見
テレビも同調、皇族が減ってしまう、女性宮家が必要とあおる。
2017年5月19日 “天皇退位”の特例法案、閣議決定
2017年5月26日 与党“退位”付帯決議案「女性宮家」見送り (自民党が頑張る!)
2017年5月29日 民主党、蓮舫、野田元総理、退位特例法の付帯決議に、女性宮家創設を入れないと審議拒否すると訴える
2017年5月31日 付帯決議案に「女性宮家創設検討」盛り込む
女性宮家創設の検討は新天皇即位後(直ちにという民主党案を回避)

(*この時、“直ちに”の民主党案が通っていれば、結婚延期もなく2018年11月に眞子さまと小室さんは結婚、それに間に合わせる形で女性宮家が創設されていたかもしれません😨。危なかった

2017年6月2日 眞子さまブータン訪問 連日(小室さん情報を挟みながら)報道される
眞子さまのブータン訪問は毎日テレビが現地取材の映像を流して伝える熱の入れよう。

女性宮家の是非を問う討論番組も組まれ、推進派と反対派で激論が。

女性宮家推進派(小林よしのり氏、高森明勅氏など)
「本当に皇族の減少という問題に取り組むのなら、安倍総理は眞子さまを初の女性宮家の当主にするよう法案を急ぐべきだ」

女性宮家反対派
「女性皇族が連れてくる民間男子が皇族になることはよくて、なぜほんの少し前には皇族だった旧宮家の男系男子が皇族に戻ることには反対するのか」

女性宮家推進派の男性はさまざまな矛盾を突かれた後「女性宮家は“陛下のご希望だから”叶えて差し上げたい」と告白。
それを聞いた女性宮家反対派の男性は「陛下はご自分でどんな意見も言えない立場、それをさも陛下のご希望のように言うのはずるい(だったかそんな言葉)」で糾弾。
男系男子の伝統重視の保守派にとって、皇統を破壊する女性宮家の構想が皇室の中心である天皇皇后両陛下から出ていると言うことは決して認めてはいけないことらしいと認識した一場面でした。

同時にこの頃から週刊誌が、小室さんのチグハグな経歴、父、祖父の自殺、小室さんと女性たちとの写真などをどんどん掲載。婚約内定前でありながら、宮内庁の車で送迎されながら毎週末秋篠宮邸を訪問する小室さんの姿、SPをつけて通勤する小室さん親子の姿が報道され批判された。

そして2017年12月、週刊女性が小室さん母の金銭トラブルを報じ、翌年1月には新潮、文春もそれにつながる記事を掲載。

2018年2月、眞子さまの結婚延期の発表

宮内庁が正式に延期発表したことにより、今まで週刊誌でしか報道されなかったネガティブな報道がテレビでも報じられることに。

この後、小室さん留学、小室文書などを経て、2021年4月から2017年の付帯決議で決まった女性宮家創設の検討について話し合う有識者会議が開かれ、最初に戻る。

日本は『シラス国』。すべてを民に知らせて、民衆がみんなで考える国。
(*シラス国とはーー参照)

上皇・上皇后両陛下の女性宮家という希望を受けて、八百万の神様が民衆にそのことを考えさせるために、スケジュールされたこの数年だったと考えるとすごく良くできている。

とはいえ、まだ眞子さまの結婚の意志は変わらないようであるし、眞子さまの結婚にはどう考えても女性宮家が必要になると思えるので、これからどういう結論になるのか気になります。

 

 

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