自民党の憲法草案、何が危険?
自民党は選挙後すぐに憲法改正に着手するようなことを言っている。
自民党の憲法草案は知れば知るほど怖い。
現憲法が権力側を縛るのに対して、国民側の権利を縛るのが自民党の改正草案。
97条の基本的人権もまるっと削除されている。
11条に人権が書かれているから97条を削除しても問題ないと言う人がいる。
けれど、憲法の組み立ては下のようになっている。
最高法規に基本的人権と書かれているからこそ、全ての条文で人権が守られる。
自民党はなぜこれを削除したのか。
また、国連の敵国条項は死文化しているから関係ないという人がいる。
たしかに国連加盟国の大半が「敵国条項は死文化はしているよね」と同意したけれど、正式な削除の手続きまでには至っていない。
苫米地英人さん曰く、報道はされないけれど、外交の場で日本はこの敵国条項をちらつかせられているという。
だから9条の改正もそのことを考慮しなければいけない。
イタリアやドイツはNATOに入ったことで、実質敵国条項から抜けたようになっているが、日本の日米同盟はNATOとは違う。
以下、憲法に関する2つの動画を紹介。
一つは、共産党の山添拓さんが語る自民党憲法草案の危険性について。
もう一つはTwitterで拾った戦前の日本で、悪名高き治安維持法がどのように作られ、国民を弾圧するようになったのかのプロセス。
現在にもできている似たような法律。戦前と比較しながらまとまっている動画。
山添拓さんが語る、自民党憲法草案の危険性
参院選後、一気に改憲発議へと描く自民党。9条への自衛隊明記や緊急事態条項を主張するが、やりたい改憲の全体像は2012年自民党改憲草案に示されている。憲法を憲法でなくするねらいが透ける。
2016年、憲法審査会で初めて発言した際、その危険性を告発しました。当時の動画を紹介いただいています。 https://t.co/zNvGhcDi0J
— 山添 拓 (@pioneertaku84) June 30, 2022
書き起こし
憲法審査会で議論することは、改憲ありきで進んでいること
この憲法審査会は、憲法改正原案の発議を審査する権限を持つものであり、ここで議論を進めることは勢い改憲案をすり合わせることになります。
日本共産党は国民の多数が、改憲を求めていない中、改憲のための憲法審査会を動かす必要などなく、動かしてはならないと考えます。
もう一点、自民党が2012年に発表した改憲草案です。
私はこの改憲草案を一目見た時に、ゾッとしました。
今の憲法とは全く異なる世界観で作られたものだからです。
9条2項を全部入れ替え、国防軍を作る。
集団的自衛権はなんの制約もなく行使できると言っています。
緊急事態条項で、内閣総理大臣が「緊急事態だ」といいさえすれば、国会の権限を取り上げ、内閣が法律と同じ効力を持つ命令を出す。
民主政治の基本というべき、議会の機能を止めるものです。
基本的人権は侵すことのできない永久の権利だと定めた97条は、全文削除です。
憲法の基本原理を全て否定する内容です。
そして作られようとしているのは、秘密保護法で情報を隠し、国民の権利を縛り、戦争する国だ、私たちの未来を抑圧と戦争に導く改憲案は、断じて許されないものです。
今求められていることは、戦争する国を作り、憲法改正に進んでいくことではなく、憲法を生かし、憲法が掲げる理想に現実を少しでも近づけることです。
それこそが、憲法尊重擁護義務を負う、国会議員が果たすべき役割であることを強調して発言といたします。
現憲法をGHQ憲法だと揶揄するけれど、戦前、明治憲法下で理不尽な弾圧にあった一般国民
戦前の日本はどんな国だったのか。特高、治安維持法の生々しい歴史がわかる動画を見つけました。
#改憲反対 #敵国条項#緊急事態条項追加反対
緊急事態条項追加で大日本帝国憲法復活。
私は断固反対します。
あの時代を繰り返してはなりません。
自分は大丈夫
はありません。
あなたの少し先の未来になるかもしれないのです。あなたの自由や命を守るために調べましょう、
あなた自身で。 https://t.co/8PX3LBzmyY— るりを店長 (@baby_rurineko) June 29, 2022
書き起こし
治安維持法制定から適応範囲が拡大するプロセス
治安維持法ができたのは大正時代末期の1925年。
もともとは共産主義運動を取り締まる目的で作られましたが、共産党員として起訴された人は全体の3.4%にとどまっていました。
戦時体制が進む中、適用範囲を拡大。
言論や思想、集会結社の自由を奪い、一般市民や多くの知識人をも弾圧する結果になりました。
なぜ、多くの人たちを巻き込むことになったのか。
日本国内の検挙者は延べ68,332人にのぼりました。
中でも共産主義者は最も重要な監視対象でした。
しかし全国に広がる地方組織についてはメンバーの名前やその人数も特定できていませんでした。
そこで特高は全国31都道府県の警官を動員し、疑わしい人物や組織を一網打尽にしたのです。
このため捕まった人の中には大竹さんのように共産党員でない人も数多く含まれていました。
ーーー画面切り替えーーー
<現在の治安維持法=共謀罪>
現代でも同様の法律ができた。
共謀 = 相談、計画しただけで罪に問える、
現在の治安維持法。それが共謀罪です。
モーニングショー、玉川さんの説明3:00〜
犯罪が起きてない、共謀の段階で、犯行計画を相談する段階で、罪に問われるのが共謀罪。
今までは、何かやったことに対して罪に問われるというのが原則だったのが、原則が変わってしまう、やってないことに対しても罪に問われる可能性が出てくるよということ。
テロ等準備罪 3:20〜
菅元総理の解説
「犯罪の計画行為に加えてテロ等の実行準備行為があって、初めて処罰することとし、内心を処罰するものではない。」
安倍総理の解説 3:30〜
「一般の方々が対象となる事はありえない」ことが明確になるよう検討。解釈を恣意的にするよりしっかり明文的に法制度を確立する」と言っている。
しかし今から90年以上の前、帝国議会で、これと極めて似たような説明が行われていました。
1925年2月の帝国議会、衆議院の様子 3:46〜
若槻礼次郎内相
無産階級の人が適法なる運動をすることに向かって決して拘束を加えるものではありません。抽象的な文字を使わず、具体の文字を用いて、決して曖昧な解釈は許さない。
つまり労働者等の一般市民は対象としない、政府による恣意的な解釈ができないを明文化するー。
この時、議会で審議されていたのが治安維持法です。
モーニングショー、玉川さんの解説 4:11〜
今までの話は、視聴者の方も関係ないと思っている。治安維持法やテロ等準備罪は(共謀罪)は自分には関係ないと思っていても、「一般の方」と言うのを決めるのは誰かと言うこと。
それは警察が決めるわけで自分は「一般の方」だと思っていても、何か政府にとって不都合なことを言って、この人間は監視して何かこういうことを話し合っていたぞ、ってことになったら、その(共謀罪の)対象となる事はあり得る、摘発される可能性はあり得る。
ーーーーー
治安維持法による初めての大規模な検挙が行われていた。
3.15事件。
1925年、(当時の新聞紙面の見出し) 共産党の結社暴露し 全国で1000余名大検挙 4:39〜
全国で共産党の関係者とされた1600人余りが捕まった。
杉浦正男さんは、当時28歳。
東京の印刷工場で臨時工として働いていた。
仲間と親睦会を作り仕事を融通しあっていた行為が共産主義の啓蒙につながるとして罪に問われた。
1928年 治安維持法改正法案で追加された「目的遂行罪」
データを分析してみると共産党員として起訴された人は全体の3.4%。なぜ党員でない人が大量に捕まったのか。
1928年国会に提出された治安維持法の改正法案。
そこには死刑の導入とともにある重大な規定が盛り込まれていました。
目的遂行罪です。
当人でなくても共産党の目的を手助けしていれば罰することができると言うものでした。
しかし国会に提出された改正法案は審議未了で廃案となります。そこで政府は新たな手段にうって出ます。
緊急勅令です。
天皇の命令の形で改正案とほぼ同じ内容を施行させたのです。
本来、緊急勅令は災害時に用いられる手段ですが3.15事件は非常事態であるとして反対する人々を説き伏せました。
荻野富士夫さん 小樽商科大学名誉教授 6:14〜
国家の危機と言うことを先導すると言う、煽ると言うような形でこれを通過させていったと。
最近でも、
憲法改正で似たものがある。
緊急事態条項
戦前の天皇の緊急勅令と憲法改正で加憲される緊急事態条項
弁護士倉持麟太郎氏の解説 6:24〜
緊急事態条項というのは、総理大臣によって、裁量で発せられる可能性が高い。
● 憲法学者 木村草太、と 評論家 荻上チキ 6:24〜
なんでもかんでも緊急事態に入るような形になっているんですね。
●弁護士 永井幸寿 6:30〜
例えば大規模なデモがあった場合、大規模なストライキがあった場合などと、緊急事態をどんどん追加していくことができる。
● 弁護士 木村草太 と 評論家 荻上チキ
自民党草案の緊急事態条項っていうのは法律に代わる政令を作れるとかですね、
内閣は法律と同じ効力を持つ政令と言うものを制定できる。
これはどういうことかと言うと内閣は法律を作れると言うことです。
日本で徴兵制復活も可?
ーーーー
1928年の話に戻る 7:00〜
目的遂行罪、適応の範囲は一気に広がる。
例えば文章を配布したりとか、友人と社会科学の文献を読書会で読んだのも共産主義社会を作るための行為だと言うふうに当局の方が認定すれば目的遂行罪と言うふうになってしまう。
これさえあれば何でも取り締まりすることができると、取り締まりの威力と言うものを倍増させていった。
<理不尽に起訴された人々>
長野で起きた24事件その記録を調べてみると起訴された教師たちは全員目的遂行罪に問われていた。
長野の農村は世界恐慌の影響で深刻な不況に見舞われていた。
児童の中には身売りするものまで現れた。
そこで教師たちは組合を作り教育費を国が負担することなどを訴えていた。
こうした活動が目的遂行罪にあたるとされた。
しかし立沢さんは組合のメンバーですらなかった。
中央が、立沢さん
なぜ検挙されたのだろう?
仲間の教師に誘われ組合主催の研究会に参加していた。
女性の証言
「本を見ていただけ、勉強会をしていただけ、それが理由だったって書いてあったみたいです。」
立沢さんは1日とり調べを受けただけで罪には問われず釈放された。しかし検挙されたことが問題となり教壇から追放された。
<治安維持法違反事件の弁護をする弁護士を弾圧! 資格を剥奪する>
刑法学者の内田博文さんは、
1933年に起きたある事件に注目しています。
治安維持法違反に問われたのは弁護士でした。
3.15事件の裁判で被告の共産党員を弁護したことが目的遂行罪にあたるとされたのです。
判決は有罪。
弁護士資格も剥奪されました。
内田さん、
治安維持法違反事件の弁護をするってことができなくなってしまう。
<作家や文化人への弾圧にも発展した目的遂行罪>
特高の取り締まりは著名な文化人にも及びます。
小説「蟹工船」の著者小林多喜二も目的遂行罪に問われました。
その後多喜二は2度目の検挙で拷問を受け獄死しました。
著名な哲学者である三木清氏も治安維持法違反で逮捕され獄死しました。
作家の吉野源三郎も有罪判決を受けます。
釈放後に執筆したのがあの「君たちはどう生きるか」でした。
<特高は目的遂行罪を評価>
この頃、特高は目的遂行罪についてこう評価しています。
至れり尽くせりのこの重要法令。
この頃共産党の幹部たちの間で自らの考えを翻すものが相次ぎます。
背景には当局のある政策がありました。
<転向政策>
(国は)彼らの生き方とか考え方のコントロールを図っていたのだと思います、転向政策は共産党とは関わりのない人たちにも行われていた。
長野の24事件、共産主義とは無縁の立沢さんも転向を表明させられていた。
その姿勢が認められ1年後教師への復帰が許された立沢さん。
待ち受けていたのはある国策への協力だった。
日本は旧満州中国東北部に進出していた。
移民政策を打ち出した政府にとって柱の1つが満蒙開拓青少年義勇軍だった。
長野の教師たちはこの義勇軍に児童を送り出すよう割り当てを課されていた。
立沢さんも放課後になると教え子の家を繰り返し尋ね説得を重ねた。
転向の名のもとに国策への協力を求められた立沢さん。
長野県からは全国で最も多い6216人の少年が満州に送り出されることになった。
治安維持法を1つのテコとして多くの国民が国策に組み込まれ、戦争への道を進んでいくことになる。
●弁護士 内田博文さん11分19秒から
戦争体制が徐々に始まっていくことで国家に従うような、積極的に従うような国民作りをしていくと言うところに治安維持法の大きな役割があったんではないか。
特高が検挙した団体のリストです。
取り締まりの対象はさらに広がっていました。
詩人関係、人形工房や反戦落書き、新築地劇団関係などが名簿に残る。
新築地劇団は舞台の内容が国体を破壊するなどとされました。
信者が兵役を拒否した宗教団体、その教えが天皇を神とする国体を否認したとして罪に問われました。
1937年、日中戦争12分4秒から
この頃日中戦争が始まり、日本は本格的な戦時体制に突入。
1938年 国家総動員法
治安維持法に新たな役割が求められていたのです。
荻野富士夫 小樽商科大学名誉教授
総力戦体制、戦時体制が強化していく中で、国家が認定する日本精神と言うような、そういうものにそぐわないものに対してはより厳しく対処すると言う事。
しかし司法当局は目的遂行罪の運用に行き詰まりを感じていました。
その適用範囲は年ごとに拡大し、今や解釈運用の限界点に到達した。
1941年、治安維持法は再び改正されます。
もともと7条であった条文は65条に増え、目的遂行罪の適用範囲は大幅に広がりました。
荻野富士夫さん
拡大解釈、拡張解釈されたこのことに、今度は条文を合わせようという、ちょっと本末転倒の考えですけれどもそういう形での改正というのが1941年の改正。
松本五郎さん97歳
(当時)美術部で絵画に打ち込んでいた。友人達と聞いたレコードコンサート。北の大地で生き抜く子供たちの絵画。
これらの絵が共産主義の啓蒙に大つながるとされた。
これが問題とされた絵画↓(一部)
特高の取り調べが始まった。
しかし(松本さんは)共産主義の事はほとんど知らなかった。
松本さんは自白を促され共産主義を信奉したと手記に書くよう命じられた。
ご本人談
かけないのね、わかりませんて言ったら、本を出してきてさぁ、かけって言うんだよ。これ見ていいから書けっていうんだよ。教本さ、マルクス主義のね、強要だね。
手記を書くよう命じられた松本さんは追い詰められていた。
シラミやネズミがうごめく留置場に1ヵ月以上放置されていたからだ。
もう終いにはね、ノイローゼみたいになってね、頭の髪の毛が針金みたいになるんですよ。触ったらね、頭が痛いのね。
松本さんは自白で作られた尋問調書に拇印を押すように求められた。
検事や判事のところに行ったら必ずボロが出るだろうとそう思って、相違ありません、と言うような母印をしたわけだ。押しちゃったんだよ。早く出たいしね、言うことは全然聞いてくんないしね、
裁判では尋問調書が証拠となり有罪が確定した。
懲役1年6ヶ月。執行猶予はついたものの既に勾留されてから1年が過ぎていた。
太平洋戦争が始まっていた。
師範学校は退学になり、松本さんは戦地に赴いた。
松本さん、
日本の国は法治国家だと、悪いものはそりゃ罰するけれども、良い者には守ってくれる国家だと思ってたわけだ。だけどねー警察から検事から裁判所まで一貫してねひどいことやったからね。
1945年8月15日
立沢さん、検挙をきっかけに国策への協力に邁進した立沢さん。
戦後まもなく思いがけない知らせを受け取った。
自らの説得で満州に赴いた少年たちが命を落とした。
<国は、今も治安維持法に対して謝罪も実態調査も認めていない>
国は治安維持法に対して謝罪や実態調査を認めていません。
第3次安倍内閣時の法務大臣 金子勝年の証言
治安維持法は当時、適法に制定されたものでありますので、同法違反の罪に係ります。勾留拘禁は適法でありまして、また同法違反の罪に係る刑の執行も、適法に構成された裁判所によって言い渡された有罪判決に基づいて、適法に行われたものであるとー。
ーー
特高は、敗戦を迎えてもなお任務を続けていました。
戦乱の混乱に乗じて天皇制を否定するものがいないか監視を続けていたのです。
<GHQが廃止した治安維持法>
敗戦から2ヶ月後の10月4日、GHQは日本政府に対し、治安維持法の廃止を命じました。(1945年)
ーーー
<拷問禁止をめぐる日本国憲法と自民党改憲草案の比較>
第36条
公務員による拷問及び残虐な刑罰は、「絶対にこれを禁止する。」
自民党の改憲草案からはこの「絶対に」という文字が消えている。
#憲法改正
憲法36条自民党改憲案では条文の「絶対」を削除。
つまり拷問は時と場合によっては
「行っても構わないよ」
それによってたとえ冤罪者が4んだとしてもおこがめなし。
基本的人権を無視した恐ろしい草案。 pic.twitter.com/dW8RbWKuVf— 痛いお尻社長🐾#京都 (@NQlGID92gPGj6qb) November 28, 2021
憲法改正に対する自民党議員の発言集
17:30〜あたりから
ここにもまとめています。↓
http://nokonote.com/憲法改正に対する自民党議員の発言集/
憲法草案を書いた自民党の背後にチラつく反日宗教団体(統一教会)
拡散希望!情報求む!
6/11衆院議員会館、統一教会系議員連合総会に参加した国会議員
・黄色→原田義昭前環境相、細田博之元官房長官、逢沢一郎、御法川信英、中村裕之、宮島喜文、工藤彰三、伊東良孝、松本文明、柳本卓司(前参議)
・紫→教団関係者(テッシ―&梶栗正義)
・赤→不明(議員バッヂ7人) pic.twitter.com/LZKHqqG0oI— 鈴木エイト ジャーナリスト/作家『自民党の統一教会汚染2 山上徹也からの伝言』(小学館) (@cult_and_fraud) June 15, 2021
憲法改正に対する各党のスタンス
緊急事態条項に対する各党のスタンス
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